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シモダトンボものがたり

私は、株式会社シモダ道路と、株式会社アイデア・サポートの代表取締役ということで、業務に携わっております。
 株式会社シモダ道路は、私の父親が43年前に設立し、昭和56年、正式に法人化しました。いわゆる舗装屋で、ガレージや玄関先の舗装といった民間の仕事から、国道、県道、市道の工事といった公共の仕事まで、やっております。
 もう一つの株式会社アイデア・サポートは、一昨年度立ち上げました。各地の舗装工事をする会社、舗装工事に携わる人をサポートしていこうという会社です。資本金600万で設立し、役員数5名、従業員4名という小さい会社で、売上の方もまだまだですが、今後いろんな展開をしていきたいなと考えています。

社長になって3年目、大きな危機に直面
私は大学まで関東の方にいて、その後、東京にある舗装関係の会社に就職しました。ところが父親に持病があったため、途中で会社を辞めて、地元に帰ってきました。私自身、東京で、それなりに現場は経験してきましたが、経営的な部分に関しては全然わからず、例えば原価計算など全くしたことがない。これでは家に帰ってすぐ会社を継ぐというわけにはいかないなということで、その当時、おつき合いが深かった地元の同業会社に就職させていただき、そこで5年ほど修業したんです。その後、専務という立場でシモダ道路に入りました。
社長になったのは、32歳の時です。この時、父はまだ58歳で、心の中には複雑な思いがあったと思うのですが、病もあるため、私に会社を譲ってくれたんですね。私は専務として、あるいは社長として仕事をやっていく上で、多少、有頂天になっている部分もありましたし、一方で、父親には負けたくないという気持ちも強くありました。ところが、会社を継いで3年目の2003年、そのころ年間を通してかなり大きな仕事をやらせてもらっていた会社が倒産してしまったんです。それで4,000万円近い負債を抱えました。年商2億程度のころでしたので、この額の負債は大打撃です。正直、会社を整理しようかという思いも頭をよぎりました。
高山というところは、土地柄、夜、うわさが飲み屋さんなどから広がっていくという地域で、そこでは勝手にうちの会社が潰されているわけです。ある時、取引先にものを買いに行ったら、取引先台帳から既に抹消されていたとか、あれ、まだやってたんですかと言われたりとか、本当に悔しい思いもしました。でも逆に、その時に声をかけてくれた人や親身になってくれた人もいて、本当の優しさに触れることもできた。今を思えばいろんなことを知った1年だったですね。
従業員に聞いてみると、みんな、ここで仕事がしたいと言います。こうなったら、やるしかありません。やるからには自己改革しよう、社内の見直しをしようと、いろんなことに着手しました。
このころは、さまざまな困難や葛藤がある中、何ができるかということをいつも考えてきたように思います。


オリジナル商品『シモダトンボ』
とはいえ、まずは負債の処理をしていかなければなりません。取引している金融機関に行き、融資を受けるにはどうしたらいいか聞いたら、改善計画書を出して下さいという話になりました。それで自分なりにいろいろ考えたんです。まずは会社の強みを伸ばしていくしかないだろう。でも、うちはどこにでもある小さな会社。別に強みなんてないのでないか。もう本当に24時間、強みは何かと考えていました。そして『シモダトンボ』に思いが至ったんです。
これは、私がこの会社に戻ってきたころに、職人さんが使いやすいようにとの思いを込めて父が開発した舗装道具です。父が自ら舗装屋さんに営業に回ったものが、少しずつ浸透してきていました。そうだ、これだ、この『シモダトンボ』で、何か活路が開けるのではないか、そう思ったんです。
 『シモダトンボ』は、グラウンド等で使用するトンボをイメージしてもらえばいいのですが、舗装屋さんにはなくてはならない道具です。
道路工事は、普通、片側一車線ずつ規制をして工事をやっていきます。機械でダーッとならすのですが、それでは絶対できない細かい部分にトンボを使います。150~180cmくらいの大きさが使いやすいのですが、道路の場合、例えばセンターラインぎりぎりの作業や、後ろに塀やガードレールがある時は、短い方が便利です。そのため、『シモダトンボ』には伸縮機能がついていることが大きな特徴です。さらにアルミ製だから、軽くて扱いやすい。伸縮しないトンボを使うと、現場では長短2本を持って仕事をするとか、その場で合う長さに折って使わなければなりません。折ったらもう、次は使えません。
さらに、握り形状にも特徴があります。丸ではなく、楕円になっているんです。楕円だと、目をつむっていても握っただけで刃先の角度がわかるからです。アスファルトは比重が重いですからグッとねじりながら押し込んだりする時、握る部分は楕円の方が力が入りやすい。
その上、『シモダトンボ』は誰でも簡単に修理ができるようになっています。ローラーに踏みつぶされたり、機械にあたって柄が曲がったとりした時、壊れた部分だけを修理できます。量産品は、まず修理のことまでは考えられていません。
最近では、道具を掃除する時に使うスクレーパという刃物をキャップにつけてグリップに内臓させたものや、刃先が木製のもの、スチールやステンレス、鋼で作ったものなども作っています。少しずつ工夫して新しいものも作っているわけです。
知らない方にとっては、何でこんなもので商売が成り立つのだろうと思われるでしょうし、実際、馬鹿にされ、いろいろ言われたこともありました。しかし、当時、1,000社くらいあったお客さんについて調べてみると、7割近い方が『シモダトンボ』を繰り返し買って下さっていた。こういう道具を扱っている会社は他にはないのではないか、これはうちの強みだと、痛切に感じました。そこでさっそく、『シモダトンボ』で会社を建て直すという改善計画書をつくり、銀行の支店長に持って行きました。支店長は、何を言い出したかのかとポカンとした顔をされていましたが、とにかくこれがうちの強みなので、これで会社を建て直す、猶予を下さいとひたすらお願いしたところ、それまで取引があった金融機関だったので、何とかその場を切り抜けることができました。
1回つぶれてなくなってしまった会社なのだという思いになると、人間って結構強い力が湧いてくる。結局、恥ずかしいという思いにとらわれている自分自身が問題なんです。
とにかくやれることは何でもやって会社を建て直そう、そう考えて、私も自ら『シモダトンボ』を持って全国を回るようになりました。


考え方を変えること
この業界には何ともいえないしがらみがあります。技術で勝負しようと思っても、公共性が高いだけに、力がある会社、実績のある会社が仕事をとってしまう。談合もある。
そもそも、舗装の仕事はもう汗まみれ、油まみれでものすごくきつい仕事です。炎天下で足元から150度のアスファルトの熱気がくる。私は高校時代からいろんなアルバイトをしましたが、一番辛かったのがこの舗装の仕事でした。だから本音のところでは、いやいや継いだという感覚なんです。
当然、父親との確執もありました。ただ、取引先の倒産事件がきっかけで、物事に対する考え方を変えることができたんです。それまでの私は、困りごとに対し、常に反発し、避けて通ろうとしていた。そうではなく、考え方を変えてみよう。病気を持った破天荒な父親のもとに生まれ、いろんな確執はあるけれども、この父親がいたからこそ今の自分があるのだ、とか、借金を抱えたからこそ改善策が生まれたのだ、とか、物事には、必ず相反するものがあることに、ふっと気づいたんです。ならば困りごとには必ず改善策があるはずだ。困りごとを受け入れてしまえば、それを少しでもよい方向に持っていく取り組みができるはずだ。そういう視点で本業の舗装について考えていこうと思いました。
アスファルト舗装というのは、一般的には道路にするものであり、この仕事の大義は、住民一人一人の足もとの安全・安心ということです。こういう公共性が高い仕事だからこそ、同じ地域の同業者同士が仕事を奪い合うのではなくて、力を合わせ、仲間としてやったら、もっとよいものできるのではないか。36、7歳になったころには、会社の借金もある程度めどがつき、仲間と力を合わせるという視点での新しい事業を進めていきたいなという思いが強くなりました。
当時、シモダ道路の中に販売部があったのですが、この物販部門を発展させるために、新規事業として立ち上げたいと考えるようになりました。そしてシモダ道路の従業員に、新規事業を立ち上げたい、そして準備に2、3年かけ、アイデア・サポートを立ち上げたのです。
私にとっては、事業を継承することと自分自身で立ち上げることの両方を経験したことになり、多くの気づきがありました。私は物販部の売り上げをそのまま持って新しい会社を立ち上げただけなので、本当の創業者の苦労と比べれば大したレベルではないのですが、それでもやはり事業を起こすということは、継ぐのとは全然違う。何もないところから創業していく意気込みや苦しみ。新規事業は名前が全く売れていないですから、名前を知ってもらうことですらどれだけの苦労をしなければならないか、初めてわかりました。


「つながり」を軸にした2つの会社
  新しい会社を立ち上げるにあたり、どうやって、この商売を成り立てていこうかといろいろ考えました。その中の一つとして、徹底的にニッチな部分で勝負するということがあります。人がやらないとところを敢えてやる。そもそもうちの『シモダトンボ』は、人が見向きもしないようなすごいニッチな商品です。極端な言い方をすれば、1万人に1人、『シモダトンボ』でないとだめだと言ってくれるファンを作れば、分母が1億になったら1万になるわけですよね。今はIT通信が発達していますから、情報が氾濫するぐらいリアルタイムに入ってくる時代です。それなら分母を上げていくことは、そんなには難しくないのではないかと思うんです。
そういったニッチなところで、会社をやっていく一方、同業者を「ライバル」ではなく「同志」に置き換える。同じ商売だからわかる痛みやかゆみがあるわけです。ちょっと改善して作った道具がいいか悪いかわかるのも、この業種に携わった人だけだと思うんですね。そう考えたら、同業者もお客さんです。
アイデア・サポートと本業との関わりのキーワードは、「つながり」です。シモダ道路とアイデア・サポートは、お互いがよきライバルとして切磋琢磨できるような関係にありながら、同じ方向、同じ目標、同じ理想をめざしていきたい。そこから「つながり」というキーワードが浮かびました。この言葉は、新しく作った経営理念の中にも頻繁に出てきます。
わが社の経営理念の一つ目は、「私たちは“飛騨の職人魂と技”で、人をつなぐ世界の道づくりに貢献します」です。私たちが職人1人1人のニーズを生かして作った道具がいいものであればあるほど、例えばアフリカで道路をつくる時に使われるかもしれない。そうなったら、間接的かもしれないけれど、道づくりに貢献していることになるのではないか。そんな夢のような思いを入れて作った理念です。
2つ目の理念は、「私たちは“足もとクリエイター”として、心をつなぐ明日のまちづくりに貢献します」です。舗装だけに絞ってしまうのではなくて、足もとをクリエイトする創造者という考えでいけば、いろいろできるのでないかなという思いがこめられています。アイデア・サポートは、現在、全国の舗装屋さん2,000社以上とおつきあいがありますが、それぞれのお客さんのところに行くと、本当にいろんなアイデアを持っている方がおみえなんですね。宝の山です。例えばお客さんの会社が長年苦労してあみ出した工法や道具。ところが今では使われていない。まずはこの道具を使うと便利かどうかを評価するのがシモダ道路の仕事です。つまり、シモダ道路がモニターの役割を果たす。それでよければ使ってもらえるためのお手伝いをしていこうというのがアイデア・サポートの役割です。
さらに3つ目の理念は「私たちは“学びと成長”を通して笑顔があふれる人生を築いていきます」です。どこの企業さんでもそうだと思いますが、やはり会社の中で学んで成長していってもらいたいと考え、理念の1つとしました。


何役もの顔を持つ事業展開
アイデア・サポートについて、もう少し詳しく話をさせていただきます。
シモダ道路とアイデア・サポートは、社是と経営理念までいっしょですが、その下にある基本姿勢が少し違います。
アイデア・サポートは、現場で働く人の「困った」を改善し、「良かった」を共有するお手伝いをしていこうという会社です。私自身困りごとがあるからこそ、アイデアが生まれるということを、身をもって体験しました。世の中は、良いことと悪いことが常に繰り返し起きているわけですが、その悪いことを改善する方法がうちの商売になるということなんです。特に舗装業界は、他社のことが気になるくせに、変な壁をつくっている業界のような気がしてなりません。そういう壁を打ち崩して、逆に共有するということですね。困りごとは皆さん、いっしょなんです。自分の会社でよかったなと思うことは、他の人にも紹介すればいいじゃないか、という単純な発想です。逆にどこかの会社で失敗したことは、いち早くその情報だけでも流していれば、こういうことには気をつけなければならないなということを、別の会社が事前に知ることができます。例えば北海道のような寒冷地でこういう舗装をすると、こんな不具合が出てきますよという情報が事前に入っていれば、いち早く飛騨に持ってきて生かすことができるわけです。でも現在、そういう情報の交流はほとんどない。全国に支店を持っているような大きな会社は違うかもしれませんが、実際はうちぐらいの規模で大手の下請部隊となり、5億未満でやっている会社がほとんどです。ならばお互いに連携すれば、いろんなことができるのではないかと思うんです。
地域を越えて、そういう人たちとのつながりを持っていくと、もうどんどんどんどんアイデアが出てきます。それらのアイデアに対し、そうそう、俺もそんなことを考えていた、いや俺はこんなふうに考えるよなどと知恵を出し合ううちに、物事は一気によくなっていったりする。これはつながりなくしてはできないことだと思います。さらに知恵だけでなく、それを実証するモニター的なものが必要だと思うんですね。だからうちの会社は、舗装に関してある意味でメーカー的なこともやりますし、時にはユーザーであったり、商社であったり、販売店もやるしモニターもやる、マーケティング調査もやるというような事業展開を考えております。
 

業界全体が力をつけるための取り組み
私は今現在、いろんな夢があります。やっぱり自分にしかないものをやっていきたい。例えば今ここに飛騨の人間は私しかいないと思いますが、飛騨の心、もっと広くとらえれば、日本の心をもって世界に出ていきたいというとてつもない夢を持っています。飛騨には飛騨の心、飛騨の匠という文化がずっと今も残っている。飛騨は今、観光産業でかなりの部分が成り立っていますが、そのもとをたどっていくと、やはり昔の匠が残してくれた伝統ある建物、神社仏閣、そういう匠の技なくして成り立たなかったところではないかと思います。
先ほど、『シモダトンボ』は誰でも簡単に修理できると言いましたが、これはうちの道具作りでこだわっていることの一つです。修理ができるということは、うちで開発して売ったものが、結果的には長く使っていただけることになる。そして、何よりも愛着というものが出てくる。愛着ある道具作りなんて、ひょっとしたら、中国ではできないのではないか、そう思うんです。そういった目に見えないもの。もったいないという日本的な感覚、あるいは持ちつ持たれつ、助け合う、分かち合うといった精神で大きな目標に向かっていけば、何か違うことができるのではないかと思っています。将来的にはそういう役割も、アイデア・サポートとしてやっていきたい。同業者同士、舗装技術の向上、現場の安全、現場の向上、作業性の効率化について、同じ向きでやっていけば、ひいては日本の舗装技術の向上にも寄与できるじゃないかなと思うからです。
 アイデア・サポートで扱う商品は自分のところで開発した道具もあるし、お客さんが開発したものもあります。舗装屋さんが、ああ、これ欲しいなというものをどんどん揃えていくわけです。現在、そうしてそろえた道具一式を積んだ移動販売車で、全国の舗装屋さんを訪問しています。全国一周するのに、2年半かかりました。今は2周目です。1周目のときは門前払いだったのに、2回目の訪問は本当に歓迎してくれるお客様がいっぱいある。でも残念なことに、なくなっている会社もいっぱいある。これは本当に心が痛いですね。県内においても、実際にいくつかの舗装屋さんがなくなっています。どうにもならない側面もあるとは思いますが、やはり同業社同士、切磋琢磨する部分とお互いに協力する部分の両方が必要なのではないかということを、私は今、痛切に感じています。 

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tag : 舗装道具 アスファルト 舗装工事

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